2002/12/01
December ’02
ロンドンから西に車で走ること約2時間、コッツウォルズ”Cotswolds”と呼ばれる丘陵地帯がある。そこはイギリスの人々が『イングリシュ・ビレッジ』と呼ぶ美しい村々が30以上も散らばる中世の世界である。
ロンドンのガイドブックでは近郊都市としてオックスフォードやバースは紹介されるがコッツウォルズはほとんど紹介されない。
確かに前者に比べほとんど観光地化されていないし、そういった意味での華やかさもない。
日本人もほとんど見かけない。コッツウォルズといえば時代から取り残されたような中世そのままのかわらぬ生活や景観が特徴だが、その町並みを形成する建物はすべてといっていいほど、現地で採取できる蜂蜜色のコッツウォルズ・ストーン(ライム・ストーン)で造られている。
中世のころ全盛期を迎えた毛織物業でコッツウォルズの村々は豊かになり、裕福なウール商人たちが次々にコッツウォルズ・ストーンの美しい家を建てた事が現在の街並みの始まりとされている。
やがて鉄道の敷かれなかったこの地方は産業の発展から取り残され衰退し、それが今日にその美しい『イングリシュ・ビレッジ』の原型をとどめることになる。
ぼくは日頃からデザインの中でライム・ストーンを頻繁に使用し、また同時にこの素材が大好きなデザイナーとして、なんとしても中世のコッツウォルズストーンを手に入れたくて‥‥いやいやこの目で確かめたくて2002年の冬、M40を西へと車を走らせた。
コッツウォルズの村は決して一日では回れない。自分の目的の村を決めたらその村に宿をとり、朝霧の中に登り行く太陽と、コッツウォルズストーンを蜂蜜色に染める夕日をゆっくりと観察したい。
今回僕が腰を据えたのは、バイブリー”Bibly”という小さな村。
『イングランドで一番美しい村』と、ウイリアム・モリスが賞賛したコッツウォルズで最も有名な村のひとつで、町の中央、鱒が泳ぐコルン川の袂に16世紀創業の『スワン・ホテル』に宿をとった。
ホテルの向かいには、世界で一番初めに鱒の養殖をはじめたという『トラウト・ファーム』があり、5ユーロ払えば広大な養魚場内を見学出来る。鱒の餌もついてくる。おかげでいてつく寒さの中、鱒の餌付けが気に入ってしまった7歳の息子に連日早朝餌付けを付き合わされるハメになる。
バイブリーからバーフォード、ボートン・オン・ザ・ウオーターと蜂蜜色の村々をレンタカーで移動する。何せこの時期(12月)お日様は朝8時過ぎからぼんやり明るみ始め、午後2時半頃には暗くなり始める。薄暗い曇り空も手伝って、シャッターをきる時間が限られる。日没がきたらその日の村めぐりは終了。
二日目にA424を北上し、ブロードウエイ、チッピング・カムデンと移動し、村ごとに微妙に色が異なるというコッツウォルズ・ストーンをシャッターにおさめた後、最後の村カッスル・クームへ一気に南下する。
わずか100メートルしかないこの町のメインストリートには人影がなく、中世の17世紀ごろウールの集積地として大いに賑わった面影はない。
村を去る帰りがけ、古い家屋の解体作業中にでくわした。
撤去された外壁のライムストーンは丁寧に積み上げられている。次の修復現場にでも再利用されるのだろう。
ボクには金銀宝の山に見えて仕方がない。おじさんに頼み込んでやっと譲ってもらった400年モノのビンテージ・コッツウォルズ・ストーンの破片をスーツケースに詰め、空港では危うく重量超過をくらいそうになったものの、非常に収穫の多いコッツウォルズの旅でした!(源)